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読書記録とか。

ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ

2020.06.01 現在、アフリカ地域で度々農作物を蹂躙し、ヒトの生活に猛威を振るってきたサバクトビバッタの大繁殖の歯止めが利かず、ついに日本でもニュースの話題に登るようになった。

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ウルド昆虫記
バッタを倒しにアフリカへ
(前野ウルド浩太郎 著/光文社)

オリジナル版は新書(光文社)で、2017年に発表された『バッタを倒しにアフリカへ』、毎日出版文化賞特別賞、及び、新書大賞を受賞した知る人ぞ知る名著。 こちらは児童版ではあるが、新書の内容そのまま。(+追加エピソード)
漢字にルビ振りを行い、やや難しい単語には註釈を置いている。
そう、例えば、「胸キュン」「フレンチキッス」「できる、できるぞ」とか。 その他80・90年代の歌の歌詞とか。笑

現在のサバクトビバッタの話題性からか、こちらの著書がインターネットでお勧めされているのを度々目撃。
元々、著者の研究内容についてはナショナルジオグラフィックの連載特集で知ってはいたけれど、本は読んだことないな~、とこの機会に買いに走りました。

内容は……
『バッタの話、意外と な い 』

バッタの生態そのものについての話は意外となかった……!
虫の話はもちろん随所に出てくる。 バッタ以外にもゴミダマことゴミムシダマシの話とか、フンコロガシとか、砂漠地域特有の生態系を垣間見ることはできるけれど、約400Pもある内容の大半は、研究者(ポスドクといわれる大学院の博士課程を卒業した博士)の苦労話。

著者は幼少の頃から昆虫を愛するむしとり少年。 大学・大学院でも迷わず昆虫学を専攻し、中でもサバクトビバッタを専門としていた。
だが、日本ではバッタの研究はさほど重要視されていない等々で就職の壁にぶちあたる。
そこで、目を付けたのがモーリタニアというサハラ砂漠に面するアフリカの一国。
モーリタニアおよび周辺地域では、深刻なバッタ被害に曝され、農作物だけでなく、少なくとも年3億、バッタの群れが巨大になれば570億にも上る費用捻出もあり、経済的な打撃も受けていた。
……にも、関わらず、現地でもサバクトビバッタの生息についての研究は頓挫したまま殺虫剤がひたすら散布され、殺虫剤被害で生態系や遊牧民にも影響が出ていた始末。(良い事がまるでない)
モーリタニアでの広大な砂漠を舞台に、ターゲット(サバクトビバッタ)を追い、世界を背追って研究に挑む日本人の奮闘記。

ホントに、奮闘記。笑
サバクトビバッタの生態について専門的な知見を得たいのならばナショジオの連載特集を見た方が手っ取り早い。
ただ、砂漠での生活について垣間見ることは可能なので、異文化を読む感じに考えをシフトすれば実に楽しい。 というか、こっちの目的が普通かと思われる。
エジプトでは緑茶に砂糖とハッカを入れる飲み物があるけれど、この本(舞台はモーリタニア)でも、度々このお茶が出てくる。 おそらく『緑茶に砂糖』は砂漠文化なんだろうな~と。 モロッコでも飲まれるらしいね。
あと、一瞬だけれど塩の話も。 サッファという砂漠の塩水地帯。 元々砂漠は海だった所が干上がったので、場所によっては塩坑があったりするんですよね。
それから、意外とオアシスは汚い……等々。夢が崩れる笑(これは場所によるかもだけれど)
少しシビアな内容では、線路を越えたら地雷地帯等、砂漠に埋もれた黒い歴史も顔を覗かせた。

昆虫については、サバクトビバッタだけでなく前述のゴミムシダマシやフンコロガシについても解説染みない程度に説明がなされているので、厳しい砂漠という環境で生きる独自の生き物たちの不思議をほんの少しだがつまめる。
著者もあとがきで説明していたが、サバクトビバッタの生態については、今後研究内容を論文にまとめてから改めて一般向けに発表したいとのこと。
そうなると、ジャスティン・シュミット博士の著書『蜂と蟻に刺されてみた』に近い構成内容になるのかなーと密かに期待したり。
(個人的には中盤で出てきた毒バッタのが気になる。 ちなみに毒バッタ……本文では不本意だろうが実に可哀想な末路を辿る)

PRESIDENT社が後半から活躍するけれど、確かにビジネスマインド的な雰囲気も感じる。 著者は有り合わせの素材(本の内容的には現地での体験や人脈)を調理するのが非常に巧く、ピンチの切り抜けられる能力が非常に高い。
それは単に不透明な自信を掲げているからではなく、裏付けのあるエビデンスを数手隠した上で怖じけなく問題に立ち向かっているから。
バッタに食べられたいと全身緑のタイツを着用してバッタの群れの中を立ち尽くすみたいな他者からみれば狂気染みたこともしているものの、決してただの無謀な研究者ではないな、と印象を受けた。
(京都大学・白眉プロジェクトのくだりなんかを見ていたら大胆なようで計算高いこと考えてるな……と思う)

今現在、猛威を振るうサバクトビバッタの生態について特化して知りたいのならこちらではなく、著書である前野ウルド浩太郎博士がメインで特集されているナショナルジオグラフィックの『研究室に行ってみた』(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140114/379960/?ST=m_labo ) の連載をオススメ。
一人の日本人が世界を舞台に戦うノンフィクションの序章を読みたいのなら、こちらがオススメ、かな。